2025/03/29

AIは「ジブリ風」の夢を見るか?――著作権とAIの健全な発展を考える

近年、AI(人工知能)が生成する画像、特に特定のアーティストやスタジオの「画風」を模倣したものが、私たちの目を楽しませています。「ジブリ風」「〇〇先生風」といった言葉と共に、驚くほどそれらしい画像がSNSを賑わせることも珍しくありません。

しかし、その裏側では常に一つの問いが投げかけられます。「これって、著作権的に大丈夫なの?」

この問いは、技術の進歩と既存の法的枠組みとの間に横たわる、現代ならではの課題を浮き彫りにします。特に、AIによる「スタイル(画風)」の模倣は、著作権法の根幹に関わる論点を含んでいます。本記事では、この問題を整理し、AIの健全な発展を妨げない、バランスの取れた考え方を探っていきます。


著作権法は何を守っているのか?:「表現」と「アイデア・スタイル」の境界

まず、著作権法の基本に立ち返りましょう。著作権法は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を「著作物」として保護します(著作権法2条1項1号)。具体的な絵画、イラスト、キャラクターデザイン、映画のワンシーンなどがこれにあたります。これらの著作物を、権利者の許諾なくコピー(複製)したり、アレンジ(翻案)したりすることは、原則として著作権侵害となります。

しかし、重要なのは、著作権法が保護するのはあくまで具体的な**「表現」**であるという点です。その根底にある「アイデア」や「コンセプト」、あるいは「スタイル(画風、作風)」、「技法」、「画材」といった抽象的なものは、原則として著作権の保護対象にはなりません。

例えば、印象派の画風、キュビズムの手法、あるいは特定の作家が使う独特な色彩感覚や線のタッチそのものに、独占的な権利が与えられるわけではありません。もしスタイル自体が特定の権利者に独占されてしまうと、後進のクリエイターが過去の偉大な作品から学び、影響を受け、それを自身の糧として新しい文化を創造していく、という文化の発展プロセスそのものが阻害されてしまうからです。著作権法は、文化の発展に寄与することを目的としており(同法1条)、アイデアやスタイルの自由な利用を認めることで、その目的を果たそうとしているのです。

この原則に立てば、「特定の画風で描く」という行為自体は、直ちに著作権侵害となるわけではない、ということになります。


AI登場による複雑化:学習データと生成プロセス

この原則論は、AI、特に生成AIの登場によって複雑な様相を呈し始めます。現在の生成AIは、多くの場合、インターネット上などに存在する膨大なデータを「学習」し、そのデータに含まれるパターンや特徴を抽出・再構成することで、新しいコンテンツ(画像、文章など)を生成します。

ここに二つの大きな論点が生じます。

1. 学習データ(インプット)の問題:著作権法30条の4の解釈

AIが「ジブリ風」の画像を生成するためには、スタジオジブリの作品を含む多くの画像データを学習している可能性が高いです。この「学習」のために著作物を利用(複製など)する行為自体が、著作権侵害ではないか?という点が問題視されました。

これに対し、日本の著作権法は2018年の改正(施行は2019年)で、第30条の4において「情報解析」(AIの学習を含む)を目的とする場合には、一定の条件下で著作権者の許諾なく著作物を利用できる、という規定を設けました。これは、AI開発を促進し、国際競争力を確保するための重要な法改正でした。

ただし、この規定には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は適用されない、という但し書きがあります。どのような場合に「不当に害する」と判断されるのか、特に、特定のスタイルを模倣するAIを開発・提供するために著作物を利用することがこれに該当するのかどうかは、依然として議論があり、明確な司法判断や行政解釈が待たれる状況です [cite: 1]。しかし、少なくとも、学習目的での利用が一定範囲で適法化されたこと自体は、AI開発の後押しとなったことは間違いありません。

2. 生成物(アウトプット)の問題:「類似性」と「依拠性」

より直接的に問題となるのが、AIが生成した画像(アウトプット)です。ここで重要なのは、生成された画像が、既存の特定の著作物とどの程度似ているか(類似性)、そして、その類似性が既存の著作物に基づいて(依拠して)生じたものか(依拠性)という二点です。

  • 酷似・類似する場合:AIが生成した画像が、スタジオジブリの特定のキャラクター(例:トトロ)や、特定の背景美術、独創的なシーンの構図など、具体的な「表現」において酷似・類似している場合。これは、「スタイルが似ている」というレベルを超え、既存の著作物の複製や翻案にあたる可能性が高くなります。たとえAIが生成したものであっても、このような画像の利用は著作権侵害となるリスクがあります。AIは学習データに含まれる要素を強く反映することがあり、意図せずとも酷似した画像が生成される可能性は否定できません 。
  • スタイルは似ているが、特定の著作物には類似しない場合:一方、生成された画像が、「確かにジブリっぽい雰囲気がある」「ジブリ作品を想起させる色使いやキャラクターデザインの傾向がある」と感じられても、特定の既存キャラクターやシーンの具体的な表現とは異なる場合。これは、著作権法が保護しない「スタイル」の範囲に留まる可能性が高いと考えられます。


スタイル模倣AIへの過度な規制はイノベーションを阻害する

ここで本題に戻ります。問題とすべきは、後者の「スタイルは似ているが、特定の著作物には類似しない」タイプのAI生成画像の扱いです。

著作権法の原則に立ち返れば、スタイル自体は保護対象ではないのですから、このような画像の生成や利用が、著作権侵害にあたるべきではありません。AIが特定のスタイルを学習し、それを反映した(ただし具体的なコピーではない)新しい画像を生成することは、人間が過去の作品から学び、影響を受けて新しいスタイルの作品を生み出すプロセスと、本質的に異なるものではないはずです 。

にもかかわらず、昨今、「AIによるスタイル模倣はけしからん」といった感情的な反発や、「~風」画像を生成するAIツール自体を問題視し、その利用や開発を差し止めるべきだ、といった声も聞かれます。しかし、このような動きは、AI技術の健全な発展を大きく阻害する危険性を孕んでいます。

もし、特定のスタイルを学習・生成するAIや、その生成物(特定の著作物に類似しないもの)の利用が法的に過度に制限されるならば、以下のような弊害が考えられます。

  • 技術革新の停滞: スタイル変換や特定ジャンルの画像生成は、AIの重要な応用分野です。ここでの法的リスクが高まれば、研究開発が萎縮し、国際的な技術競争で日本が不利になる可能性があります。
  • 新たな創作活動の阻害: AIを創作ツールとして活用し、特定のスタイルからインスピレーションを得て新しい表現を生み出そうとするクリエイターの活動が制限されます 。
  • 著作権法の目的からの逸脱: アイデアやスタイルの自由な利用を基礎として文化の発展を目指す、という著作権法の本来の目的から逸脱しかねません。
  • 法的安定性の欠如: 何が「スタイル」で何が「類似」なのかの境界線が曖昧なまま規制が強化されれば、AI開発者や利用者は常に法的リスクに怯えることになり、自由な活動が妨げられます。

もちろん、AIが既存の著作物の具体的な表現を無断で複製・翻案するような場合は、現行法に基づき適切に対処されるべきです。しかし、「スタイルが似ている」という理由だけで、AIの学習や生成物の利用を一律に問題視するのは行き過ぎであり、技術の芽を摘むことになりかねません。


依拠性と独立創作の原則を忘れてはならない

著作権侵害が成立するためには、「依拠性」が不可欠です。つまり、既存の著作物を知っていて、それに基づいて創作した、という関係が必要です。全く知らずに偶然似てしまった場合や、共通のアイデアやありふれた表現(例えば、ごく単純な図形など)を用いた結果として似てしまった場合は、侵害にはなりません。

人間の場合、たとえ結果が酷似していても、創作プロセス(スケッチ、参考資料など)を示すことで、「依拠していない=独立して創作した」ことを立証できれば、著作権侵害は成立しません。

AIの場合、学習データを通じて既存の著作物に「アクセス」していること、そして生成プロセスがブラックボックスであることから、「依拠性」の判断は人間の場合より複雑です。しかし、だからといって、「スタイルが似ている=即依拠性あり=侵害」と短絡的に考えるべきではありません。AIの生成プロセスにおける「変換」や「創出」の度合いも考慮し、具体的な表現の類似性がどの程度認められるかを、個別に慎重に判断する必要があります。


バランスの取れた未来へ

AIによる画像生成、特にスタイル模倣は、著作権法にとって新たな挑戦です。しかし、この挑戦に対し、過度な規制や感情論で応じることは、将来の可能性を閉ざすことに繋がりかねません。

私たちは、著作権法の基本原則(表現の保護、アイデア・スタイルの自由)に立ち返りつつ、AI技術の特性を踏まえた、冷静でバランスの取れた議論を進める必要があります。

  • 明確なガイドライン: 何が許容される「スタイル」の範囲で、何が「類似」として問題となるのか、より明確な基準やガイドラインが求められます 。
  • 技術的対策: AI開発者側も、特定の著作物への酷似を避けるための技術的対策(フィルタリングなど)や、学習データの透明性向上に努めることが期待されます。
  • 建設的な対話: クリエイター、権利者、AI開発者、法律家、そして社会全体が、それぞれの立場を尊重しつつ、建設的な対話を通じて、AIと共存する未来のルールを模索していくべきです。

AIは、私たちの創造性を拡張する強力なツールとなり得ます 。その可能性を最大限に活かし、同時にクリエイターの権利も適切に保護する、そのような賢明な道筋を見出すことこそ、今、私たちに求められているのではないでしょうか 。いたずらにAIの利用を恐れ、その発展を妨げるのではなく、著作権法の精神を守りながら、新しい技術と共生していく未来を目指すべきです。

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